ベトナムの就労環境

日本人がベトナムで働くために必要な就職方法

近頃、ベトナム就職が人気を集めているようで毎月のように来たばかりの日本人に会うことが増えてきました。
そこで今、ベトナムで就職することを考えている人に、ベトナムで働く方法を紹介したいと思います。

ベトナムで働く前に気を付けておきたい落とし穴
日本人がベトナムで働くってどういうこと?

大まかに分けると二つです。それは駐在員と現地採用です。
それぞれについて説明しますと、駐在員というのは日本で採用されており、日本に所属する会社員として駐在するということです。この利点は、なんとも言っても給料や待遇面ですね。現地で働く一般的な人よりも給料は高く、待遇面に関しては申し分ないです。お手伝いさんがいるようなサービスアパートメントに住むことが出来るだけでなく、ドライバーが付いた社用車の利用も可能です。欠点は、どんなに生活に親しんでも任期があったり配置転換があったりと長くは住めないことがあります。またルールに縛られている場合もあります。それはバイクに乗れないなどです。
ただ友人を見ていると、上司のパワハラが凄いように思えます、日本からの出張者がいれば毎晩のように相手をしないといけませんし、飲みに行くとなると断れないようです。そういうのが好きであれば問題ないとは思います。
もう一つの現地採用は、ベトナム現地で仕事を探して働くということなので、基本的には給料が低いです。現地採用の給料の相場は1500ドルから2000ドルです。もちろん経験年数や技術によってもっと増えることもあります。ただ待遇面は海外保険以外については聞かないです。たまに家賃補助があるところもありますが、駐在員の方と比べると金額はしれています。
現地採用の良いところは、結構自由があることですね。バイクが好きであれば、乗り回しても問題ありません。

ホーチミン市が就業時間の分散化の拡大を検討

ホーチミン市人民委員会は同市開発研究院(HIDS)に、学校、および就業時間の分散化の効果を早急に再評価することを求めました。また、都心部で悪化、拡大の一途をたどる交通渋滞についての実現可能な解決法を提案することも同時に課しています。

8月の会議で市人民委員会のグェンタンフォン委員長は、HIDSを任命し、9月には実現可能な解決策を提案するよう要求しました。この要求は9月5日に行われた社会経済ミーティングでも繰り返されています。時間交代制のシフトワークシステムが採用されたのは、2001年のことです。2007年10月、市人民委員会はこのシステムを交通渋滞や事故の削減のための緊急プロジェクトに取り入れました。しかし、市議会議員が認めなかったため、人民委員会は地方自治体や、一部の地域、一部の地区などで実施したのです。

市教育訓練課は、小・中・高等学校で学習ステージごとに15分ずつ時間をずらして授業を行う方法を採用しました。さらに、教育産業は同じエリア内の学校に授業時間をローテーションでずらして交通渋滞を緩和させるよう協力するよう求めました。その後、学校付近の交通渋滞は実際に緩和されたため、この解決策は効果的であることが証明されました。

ホーチミン市輸出加工区当局(Hepza)によると、ほとんどの企業は行政が定めた業務時間に従ってシフトを組んでいるとのことでした。そのため交通渋滞は業務開始時間の30分前か、終了時間の30分後に、規則的に発生していました。3シフト制を導入した企業が出たおかげで、状況は改善されています。011年以降、Hepzaは16の工業地帯と輸出加工地帯で、業務時間を変更し、ローテーション式のシフト体制にしました。しかしこの体制を実施するにあたり、企業の生産活動と同様、子供の通学の送迎など労働者の日常生活にも影響を及ぼすという難点も生じているとHepzaの代表は述べています。

目下、関係当局もローテーション式シフト体制をいくつか提案しています。1つは学校の時間は変えずに、政府当局の就業時間を変えるというものです。人民委員会、政府当局、社会政治団体全てが一続きに時間を30分ずらし、2シフト制で業務を行います。90分だった休憩時間は60分に減らされます。

朝の最初のシフトは午前7時から11時30分までとし、その次のシフトが午前7時30分から11時30分までとします。午後は、午後12時30分から4時、その次は午後12時30分から4時30分までのシフトとなります。この変化は役人や公務員、労働者に影響を及ぼすものですが、程度としてはそれほどではないでしょう。現在、12万2,000人の人々が政府当局や公共サービス機関で働いています。

就業時間を変更することで、ラッシュアワーのピーク時の自家用車の30~60%、およそ3万6,600~7万3,200台ほどの減少が見込まれます。

このような方策を取りますが、当局は公務員や企業が午前7時から午後4時30分までは確実に働くようにするつもりです。

HIDSの代表者はによると、この方策により交通渋滞でのダメージがなくなることで、高い経済効果がもたらされるとのことです。政府当局が提案するもう一つの解決策は、市の人民委員会、当局、軍の就業時間や、学校の授業時間の再編を行うことです。

公務員の就業時間、および学校の授業時間は、月曜日と金曜日は午前8時から午後12時、午後1時30分から5時30分とし、火・水・木曜日は午前7時30分から11時30分、午後1時から5時とします。

この方法では、月曜日と金曜日の渋滞の改善が期待できます。月曜日と金曜日はホーチミン市を離れたり、帰ってきたりする人々でいつもひどく混雑しているためです。けれども、これでは月曜日と金曜日の子供たちの学校の送迎が困難となってしまいます。

そのため関係当局は保護者や学校で働く教師達から意見を求める必要があります。これまでに述べた方策は市の人民委員会に提出、認可に先がけて改善を行っているところです。

貧困地域でボランティア活動を行う若い医師

医大を卒業した多くの人々は、ハノイのような大都市で働きたいと願うようですが、フンイエン省出身のグェンチェンクェットさんは違います。彼が選んだ職場は北方の山岳地帯で、そこで暮らす恵まれない人々のために働くというのです。「将来的に結婚する時が来たら、山岳地帯の人々に誠心誠意のケアを施すのは難しくなると思うのです」と、クェットさんは話します。大学最後の年だった3年前、クェットさんは山岳地帯や国境付近、離島などの医療体制が整っていない地域へ医者を派遣するプロジェクトについて耳にしました。その後しばらく悩みましたが、身内からの承諾を取りつけ、このプロジェクトに申し込みました。

クェットさんは、ラオカイ、ソンラ、バックカン、ディエンビエン北方の省に最初に派遣される7人の中の一人です。外科医として2年の教育をうけ、28歳となったクェットさんは、今年7月にラオカイ省の北の山岳地帯にあるバックハー総合病院に赴任先が告げられました。

バックハーは、面積6万8,000㎡ほどのバックハーの人口は、約6万4,000人で、そのうち85%が少数民族です。

この地域は医療サービスの需要を満たすことができず苦労しています。医師が40人しかおらず、1万人あたりに6.6人の医者しかいない計算になります。山岳地帯特有の地形もまた、困難な状況の要因です。

バックハ―総合病院のグェンヌートゥアン副院長によると、病院は山岳地帯に位置していますが、バックハー、シンマン、シマカイの3地区の人々に医療を施しています。そのため、病院はいつも患者でいっぱいです。副院長率いる外科部門もしょっちゅうオーバーワーク状態になっています。外科部門の病床数は50床ですが、外科医は2人のみで、さらに1人はまだ訓練課程のため、副院長は1人で働かなければなりませんでした。

「手術で1日に4~6回も執刀しなければならない日もあります。1つの手術を終えてくたびれていても、また次の手術の指揮を執らなければなりません。」

「長時間の立ち仕事で脚の感覚も麻痺してしまいます」と、トゥアン副院長はベトナムプラスオンライン新聞で述べています。

彼によるとクェットさんがその負担を和らげてくれ、これまで都市部の病院に頼まざるを得なかった症例の対応も改善されるだろうということです。

「3年前に病院は内視鏡手術の設備を整えましたが、医師不足のため、ほとんど使われることはありませんでした。」

「これらの設備を活用して行う手術は確実に増えていくでしょう。」

グェンキムフオン院長は、設備自体は新しいものを導入してきたのに、病院はいつも医師不足だったと話しました。

「この10年で初めて若い医師がやってきてくれました。」

「クェットさんが来たことにより、病院がさらに進んだ技術を用いることができるようになることを願ってます」と加えて述べました。

バックハー病院に赴任した頃を振り返り、クェットさんは次のように話しています。

「最初の週は朝から晩までずっと雨だったので、ホームシックが悪化してしまいました。職場環境の変化とバックハー地区の静けさで、気持ちが不安定になっていたのです。」

彼は赴任して最初の週は病院からほとんど出なかったそうです。午前中は診察、午後は手術を執刀し、夕方は病室の巡回を行いました。

「1人暮らしで、まだこの土地に慣れていなかったので、患者の病室を訪れて話をすることで、寂しさを紛らわせたり、患者の様子を見たりしていました。」とクェットさん。

仕事で忙しく、診察と手術に追われ、平均して1日に4回の手術に執刀するほどの暮らしの中で、まもなくホームシックも落ち着いていきました。

「山岳地方の暮らしはもっとのんびりだと思っていましたが、この仕事をしていると、信じられないほど早く時間が過ぎていきます。」

「何もかもがあっという間の出来事だったような感じですが、まだここにきて2ヵ月しか経っていません。」

クェットさんは、バックハー地区、ナムモンコミューンから来たモン族のスンセイサウさんに初めて行った内視鏡手術のことが忘れられないと言います。午後5時半ころ、病院スタッフがクェットさんの部屋に駆け込んできて、虫垂炎ですぐに手術が必要な患者がいると伝えました。クェットさんが行くと、痛みに耐えて口を真一文字に引き結び、お腹を手で押さえた男性がベッドに横たわっていました。診察をすると、すぐに40分ほどの手術を行いました。患者の息子のスンセイキーさんは、医師の術式に驚かされたと言います。

「虫垂炎を患った人を何人か見たことがありますが、父に行った手術はこれまでと違います」と、キーさん。

彼が見たことのある虫垂炎の手術では腹部に長い傷跡が残っていましたが、サウさんにはたった3つの点状の跡だけだったと述べました。保健省組織人事部のファムヴァンタック部長によると、貧しい地区や離島地域に若い医師たちの派遣を保健省が認可したのは2013年3月のことだったとのことです。これは、貧しい人々がより良い医療サービスを受けられるようにすること、大きな病院への不必要な患者の転院を減らすこと、都市部の病院のオーバーワークを緩和することを目的としています。この政策の下、医大の成績優秀者や、医師ボランティアが派遣候補者として選ばれることになります。2年間の専門分野の研修の後、男子医師は3年、女性医師は2年、貧困地区の病院へ派遣されます。貧しい地域での人材不足の緩和のために派遣される医師は300名から500名の見込みです。