月: 2017年8月

ムイネー(1)市内観光

ムイネーは温暖な気候の南国の海辺で、ウォーターアクティヴィティには理想の場所です。ただ、沿岸の中央から北側にかけては漁業が行われているエリアなので、アクティヴィティには南の方が適しているでしょう。

海風が強いため、ムイネーはカイトサーフィンやウィンドサーフィンが最も有名です。11月から3月にかけては、澄み切った空に完璧な風が吹きぬけ、午前11時から夕方遅くまで楽しむことができます。海には岩場がなく、カイトサーファーにも比較的安全です。

カイトサーフィンスクールもあり、そこでは初心者たちはビーチボーイ達に手伝ってもらってカイトを揚げます。初心者が個人的にもっと練習したい場合は、ウィンドチャイムズ・カイトサーフィンスクール付近の西側で試してみると良いでしょう。そこならサーファーも少なく、不要な事故も避けられるはずです。

ムイネーの美しい観光スポットは、国内外を問わず訪れる人々を魅了するでしょう。たとえばカナビーチは、ムイネーから車で2時間ほどのところにあり、ベトナムでも一番のサンゴ礁とダイビングを楽しむことができます。

フェアリースプリングズ(スイティエン)は、その土地の野生の生き物(野鳥、カニ、魚、カエル、その他異国情緒溢れる花など)を観ることができる小川です。また、魚醬の工場があり、そこで作られる有名なファンティエットフィッシュソース(ニョクマム)は、ベトナム全土で販売されています。

ラオスのスファヌボン王子が設計したファンティエット給水塔は、ビントゥアン省のシンボルでもあります。ムイネービーチから車で1時間ほどのところにあるタコウ山は美しい熱帯雨林の森があるだけでなく、頂上にはポッシャヌチャムタワーと呼ばれる古い仏塔が建立されています。

この8世紀に建立されたチャム文化の遺跡は必見です。

砂丘(ドイカット)も、見逃せないスポットの1つで、砂丘の色が白から黄金色に変化します(ムイネービレッジのさらに南へ行くと赤い砂丘も見ることがでるでしょう)。

ムイネーを訪れる人々はムイネービレッジマーケットの雰囲気を楽しむのもお薦めです。そこでは新鮮な果物や、手頃な価格の衣類がたくさん販売されています。市場に行くのは早朝がベストでしょう。

ホーチミン(4)近隣スポット

ホーチミンの喧騒から離れたいときは、1日か2日ほどでも午後が空いていれば近隣にちょっとした日帰りの旅ができる場所もあります。

1つは郊外にあるクチトンネルです。

このトンネルはカンボジアまで伸びる地下道で、ベトコンによって作られ、共産派の勝利において戦略的に大きな役割を果たしました。病院やキッチン、宿舎、武器庫、教室までも兼ね備えた巨大な地下網により、何千人にも及ぶゲリラの移動が可能となり、察知されることなく武器を輸送することができたのです。小柄な人なら狭いところを通ってみることもできるでしょう。

ほかにもベンユネックというトンネルがありますが、そこは観光用に、訪問客が地下道に這って入る体験をするために作られたものです。さらに戦争時代の体験をしたいという時は、オートマチックの銃を使わせてもらうこともできます。

日帰りの旅にお薦めするもう一つの場所はタイニン市です。

タイニン市はカオダイ教の中心地で、ベトナムでの信奉者は恐らく200万人はいるでしょう。カオダイ教は1920年代の開祖で、カトリックの教義や儒教、道教、仏教とほんの少しだけハリウッドの良い所が取り入れられています。
(この信仰ではヴィクトル・ユーゴ-やウィンストン・チャーチルなどを聖人としています。)

きらびやかで息をのむほどの規模の大聖堂はタイニン市への旅での一番の見どころでしょう。正午の礼拝は訪問者も参加可能で、ディズニーのファンタジアの一場面としても使われています。

市内の旅行代理店に行くと、多少の慌ただしさはありますが、10ドルほどでクチとカオダイ寺のツアーを勧められるでしょう。

ホーチミン(3)ショッピング

ショッピング
ありきたりな言い方になってしまいますが、サイゴン(ホーチミン)は買い物天国と言えるです。ここでは美しい工芸品や、手頃なお土産品を手に入れることができます。買い物が好きで、最低限の値切り交渉のテクニック、そして見る目があれば、上手なお金の使い方ができて楽しめるでしょう。大手の観光客向けのお店は別ですが、その他のお店ならたいてい値切り交渉のテクニックがあると便利です。一般的には、値札のない商品だったら、最初に言われた価格から30%ほどは安くなるでしょう。

1区内には良い店が多くありますが、中でも特にショッピングにお薦めの通りがあります。レックスホテル裏のドンコイ通りとレタントン通りで、宝石、琥珀、陶磁器、骨董品、家具、シルクなどを扱うお店やアパレルショップでいっぱいです。

ベンタイン市場とニューワールドホテルに挟まれたレロイ通りには露店が軒を連ね、軍の余剰物資や金属製品などが売られています。ベトナム製の漆器類は世界の最高峰であるだけでなく、格安で手に入れることができます。一区内にある多くの店で、箱やトレー、デスク周りの小物、花器など、ほかにもたくさんの漆製品が販売されています。ローズウッド製の箱やボウルが特に素敵で、良い贈り物になるでしょう。

いわゆる「お安い観光土産」が好きな友人がいたら、ホーチミンは最適の場所です。

コーラの缶で作られたおもちゃのヘリコプターや、Zippo風のライター、自動小銃のM-16の薬莢で作られたトレンチライター、「グッドモーニングベトナム」のTシャツなどまであります。

ホーチミンの衣服の仕立て屋は1970年代以前の香港を思わせます。オーダーメードでシャツを頼むと、材料費を除いて7~10ドルほど、日数も3、4日ほどで仕上げてくれます。

コーヒーがお好きなら、ベトナムコーヒーもお薦めです。

ベトナムコーヒーは世界でも最高の品質を誇り、とても安価な値段で購入可能です。サイゴンっ子は本当によくコーヒーを飲むので、1区内にも数多くコーヒーショップがあり、店頭デイスプレイにはいつも新鮮なコーヒー豆がずらりと並びます。挽かずに豆のまま包装してもらうと帰国するまで新鮮さを保つことができるし、ホーチミン旅行のお土産としても長く残るでしょう。

ホーチミン(2)オススメレストラン情報

ホーチミンでの食事
サイゴン(ホーチミン)にいてお腹が空くなんてことはそうそうありません。予算の心配も無用です。多くの人々がビジネスでサイゴン地区を訪れるため、その経費での食事を目当てに、かなり高級ではありますが、たくさんのエレガントなレストランが生まれました。この地域ではメキシコ料理のエンチラーダから点心料理まであらゆる料理が楽しめます。でも、上述のエレガントな店の多くは、従業員は高飛車だし、食事もまずまずといったところなので、よっぽど暇でなければ、わざわざ訪れるほどでもないでしょう。

ビジネスエリアに出店しているベトナム人経営のレストランの多くはかなり欧米化されています。ドンコイ通り93番地‐95にある「ベトナムハウス」は見事な装飾が施されています。そこでなら、素晴らしいサービスを受けられますし、生演奏も聴くことができます。とてもオススメです。

本場のベトナム料理を楽しみたいなら、観光客向け高級レストランよりは、現地の人々が訪れるレストランでの食事をお薦めします。サイゴン(ホーチミン)では毎晩、財布に優しい食事とウィスキーでハッピーになれます。

ホーチミングルメで外せないのはディンコンチャン通りのバインセオ(ベトナム風パンケーキ)「バインセオ46A」で、他では味わうことのできない一品です。この通りを少し下ると、屋外のキッチンを囲んで大勢の人々が食事をする様子が見えます。

メニューはバインセオなどバライエティ豊富ですが、ベトナム語の発音が難しく初めてでは通じないことが多いので、周りの人が食べている物を見て指をさす方が簡単です。

外国人に一番有名なバインセオ屋「Banh Xeo 46A」

ホーチミンでは海鮮料理以外は他の料理もお手頃です。量が多いので、一皿頼んで、足りなかったらもう一皿というように様子を見ながら注文すると良いでしょう。こじんまりとしながらも華やかな「フースアン」では、ベトナム最後の王朝が置かれていたフエの宮廷料理が楽しめます。サイゴン(ホーチミン)の料理とは異なり、風味豊かで絶妙な味付け、盛り付けも綺麗です。屋台よりは出費も大きいですが、ロマンチックな夕食や、ちょっとしたパーティー向きで、リラックスした気分を味わえます。

最後に紹介するのは、3区のリーチインタン通り7番地のビン スープショップです。

1975年に北ベトナム軍の戦車が駆け抜け戦争に終止符を打つまでは、ベトコンのスパイがこの小さな店を上層部との密会場所として利用していました。何も知らないベトナム人やアメリカ人にフォーを振る舞いながら、この店の店員がサイゴン陥落(ベトナム人にとってはサイゴン解放)に繋がる破壊工作を計画していたのです。

ホーチミン(1)市内観光

ホーチミンは、カンボジアをまたがる広大な平野を背に、そして肥沃なメコンデルタを足元にその身を置き、サイゴン川が市内を大きく蛇行して流れています。そして700万人近くにも及ぶ多くの人が暮らすホーチミンはベトナム最大の、最高に楽しい都市になっています。

ハノイは政治の中心地ですが、この街は国の経済の中心地で、誰もがビジネスや金融についてそれなりの心得があります。タクシーの運転手も最新のジョイントベンチャーの規則について詳しく話すことができたりするし、シャツの製造業者も海外の顧客とeメールで連絡を取っていたりします。

「時は金なり」で、人々はみな何かと時間に追われている様子です。でも、会話はまるでパン屋さんと銀行員がカフェで話し合うかのような素朴なトーンで話し合っています。

この街が車でごった返すようになる前から、サイゴン(現ホーチミン)は「アジアのパリ」と呼ばれていました。街にはすでに広い大通りがあり、立派な街路樹も植わっていて、フランス式の豪壮な別荘もあったのです。

漂うコーヒーやパン屋さんの香り、そして環状交差点を走る古いフランス車のクラクションの音を聞いていると、一瞬パリにいるのではないかという錯覚すら覚えます。

ホーチミン市内を見て回るなら徒歩がベストでしょう。一番メジャーな観光地はやはり1区です。タクシーにはきちんとメーターも設置されていて、運賃もとても安く、市内を回っても2,3ドルくらいなものです。セオム(バイクタクシー)はさらに安いですが、シクロ(三輪自転車タクシー)は乗客は一人しか乗れないし、遅いし、乗り心地もいまいちです。

でも、ホーチミンの地元の雰囲気に直に触れるには、シクロはなかなか魅力的なものでもあります。ただ残念なことに、シクロはサイゴン(ホーチミン)中心部からは徐々になくなりつつあり、値段も高くなっています。

ホーチミンの見どころ
ホーチミンの観光リストのトップに入るのがアメリカ大使館と聞くと驚くでしょう。そうだとしても、まずは動物園入り口近くのベトナム歴史博物館に向かってください。この気取りのない、古びた臭いのする博物館には、ベトナム有史以来2千年の工芸品の数々が、同じく古びたショーケースに収められています。ほんのわずかな時間訪れるだけでもホーチミンを歴史的な観点から学ぶことができるでしょう。

博物館には水上人形劇もあり、土産物ショップもリーズナブルで充実しています。博物館を出てルユアン大通りから統一会堂へ向かってみましょう。

統一会堂は、南ベトナムのグェンヴァンティエウに9年間使われていた旧大統領官邸です。無数の観光客が正面入り口付近で記念写真を撮っていますが、中に入る人はほとんどいません。1人で訪れることがあったら、自分が大統領になったつもりで官邸内を回るのも良いかもしれません。

地下の作戦指令室の壁にいまだ貼られている地図を見ると、「敵」がどれほど近くにいたのかということを思い知らされます。最上階にはステージや大きなベランダのあるダンスールームがあります。その下の階には豪華な応接室や図書室、ゲーム室、映写室があり、なんとも好き放題だったのだなと、南ベトナムの敗北の理由を感じずにはいられません。

統一会堂から数ブロック進んだところに旧アメリカ大使館だった場所があり、現在そこにはアメリカ領事館が建っています。旧大使館が取り壊される前は、門のところに立つことができました。米軍のヘリが助けを求める南ベトナム市民を屋根から救出し、一方ではフェンスの外に押し寄せた何千という市民が押し合いへし合い叫んでいる様子が目に浮かびます。旧大使館はアメリカにとっても大きな傷跡となりましたが、近年取り壊しとなりました。

次に訪れてほしいのが、ベンタイン市場です。そこでは、車や不動産以外何でも手に入れることができます。買い物をすることで人々の生活が垣間見えるとしたら、ベンタイン市場の小さな露店がひしめく中を歩いているだけで現代のベトナム人の生活のユニークな面を知ることができるでしょう。フードコートで売られている地元の名物はどれもとても美味しくて、やみつきになります。市場の建物を囲む歩道では、地元の農産物や花、肉類なども売られています。

ホーチミンのチャイナタウンであるチョロン地区を訪れるなら、1日取れないとしても午後から半日くらいは時間を取ると良いでしょう。サンフランシスコやロンドン、ニューヨーク、バンコクのチャイナタウンと並び、チョロン地区はとても古くからあり、サイゴン(ホーチミン市)の中でも興味深いエリアです。チョロンは「大きな市場」を意味し、その中で最初に訪れる場所としてお薦めは、圧倒的な規模のビンタイ市場です。

たいてい暑くて混雑していますが、一見の価値ありです。驚異的な品揃えで、さらに、これぞまさにベトナム人の生活という雰囲気を肌で感じられます。フレンドリーに交渉すれば20~40%はおまけしてくれます。

美しい仏塔がホーチミン市には多くありますが、中でも面白いのがグェンチャイにあるギアアンホイクアン寺です。施された装飾は一見して最高峰のものだとわかるでしょう。天井からはおびただしい量の渦巻き状の線香がぶら下げられ、まるでクリスマスツリーのお化けのようにも見えます。敷地内の壁を日陰にして静かにたたずんでいれば、訪問者が少しだけ立ち寄って手短に祈りを捧げていく様子が見られます。

貧困地域でボランティア活動を行う若い医師

医大を卒業した多くの人々は、ハノイのような大都市で働きたいと願うようですが、フンイエン省出身のグェンチェンクェットさんは違います。彼が選んだ職場は北方の山岳地帯で、そこで暮らす恵まれない人々のために働くというのです。「将来的に結婚する時が来たら、山岳地帯の人々に誠心誠意のケアを施すのは難しくなると思うのです」と、クェットさんは話します。大学最後の年だった3年前、クェットさんは山岳地帯や国境付近、離島などの医療体制が整っていない地域へ医者を派遣するプロジェクトについて耳にしました。その後しばらく悩みましたが、身内からの承諾を取りつけ、このプロジェクトに申し込みました。

クェットさんは、ラオカイ、ソンラ、バックカン、ディエンビエン北方の省に最初に派遣される7人の中の一人です。外科医として2年の教育をうけ、28歳となったクェットさんは、今年7月にラオカイ省の北の山岳地帯にあるバックハー総合病院に赴任先が告げられました。

バックハーは、面積6万8,000㎡ほどのバックハーの人口は、約6万4,000人で、そのうち85%が少数民族です。

この地域は医療サービスの需要を満たすことができず苦労しています。医師が40人しかおらず、1万人あたりに6.6人の医者しかいない計算になります。山岳地帯特有の地形もまた、困難な状況の要因です。

バックハ―総合病院のグェンヌートゥアン副院長によると、病院は山岳地帯に位置していますが、バックハー、シンマン、シマカイの3地区の人々に医療を施しています。そのため、病院はいつも患者でいっぱいです。副院長率いる外科部門もしょっちゅうオーバーワーク状態になっています。外科部門の病床数は50床ですが、外科医は2人のみで、さらに1人はまだ訓練課程のため、副院長は1人で働かなければなりませんでした。

「手術で1日に4~6回も執刀しなければならない日もあります。1つの手術を終えてくたびれていても、また次の手術の指揮を執らなければなりません。」

「長時間の立ち仕事で脚の感覚も麻痺してしまいます」と、トゥアン副院長はベトナムプラスオンライン新聞で述べています。

彼によるとクェットさんがその負担を和らげてくれ、これまで都市部の病院に頼まざるを得なかった症例の対応も改善されるだろうということです。

「3年前に病院は内視鏡手術の設備を整えましたが、医師不足のため、ほとんど使われることはありませんでした。」

「これらの設備を活用して行う手術は確実に増えていくでしょう。」

グェンキムフオン院長は、設備自体は新しいものを導入してきたのに、病院はいつも医師不足だったと話しました。

「この10年で初めて若い医師がやってきてくれました。」

「クェットさんが来たことにより、病院がさらに進んだ技術を用いることができるようになることを願ってます」と加えて述べました。

バックハー病院に赴任した頃を振り返り、クェットさんは次のように話しています。

「最初の週は朝から晩までずっと雨だったので、ホームシックが悪化してしまいました。職場環境の変化とバックハー地区の静けさで、気持ちが不安定になっていたのです。」

彼は赴任して最初の週は病院からほとんど出なかったそうです。午前中は診察、午後は手術を執刀し、夕方は病室の巡回を行いました。

「1人暮らしで、まだこの土地に慣れていなかったので、患者の病室を訪れて話をすることで、寂しさを紛らわせたり、患者の様子を見たりしていました。」とクェットさん。

仕事で忙しく、診察と手術に追われ、平均して1日に4回の手術に執刀するほどの暮らしの中で、まもなくホームシックも落ち着いていきました。

「山岳地方の暮らしはもっとのんびりだと思っていましたが、この仕事をしていると、信じられないほど早く時間が過ぎていきます。」

「何もかもがあっという間の出来事だったような感じですが、まだここにきて2ヵ月しか経っていません。」

クェットさんは、バックハー地区、ナムモンコミューンから来たモン族のスンセイサウさんに初めて行った内視鏡手術のことが忘れられないと言います。午後5時半ころ、病院スタッフがクェットさんの部屋に駆け込んできて、虫垂炎ですぐに手術が必要な患者がいると伝えました。クェットさんが行くと、痛みに耐えて口を真一文字に引き結び、お腹を手で押さえた男性がベッドに横たわっていました。診察をすると、すぐに40分ほどの手術を行いました。患者の息子のスンセイキーさんは、医師の術式に驚かされたと言います。

「虫垂炎を患った人を何人か見たことがありますが、父に行った手術はこれまでと違います」と、キーさん。

彼が見たことのある虫垂炎の手術では腹部に長い傷跡が残っていましたが、サウさんにはたった3つの点状の跡だけだったと述べました。保健省組織人事部のファムヴァンタック部長によると、貧しい地区や離島地域に若い医師たちの派遣を保健省が認可したのは2013年3月のことだったとのことです。これは、貧しい人々がより良い医療サービスを受けられるようにすること、大きな病院への不必要な患者の転院を減らすこと、都市部の病院のオーバーワークを緩和することを目的としています。この政策の下、医大の成績優秀者や、医師ボランティアが派遣候補者として選ばれることになります。2年間の専門分野の研修の後、男子医師は3年、女性医師は2年、貧困地区の病院へ派遣されます。貧しい地域での人材不足の緩和のために派遣される医師は300名から500名の見込みです。